妊活10年が終了!45歳での決断とやめて気づいたこと-vol.20(最終話)

さて、長々と書いてきた不妊治療ブログも、今回で終了となります。

というのも、ラスト1回と思って挑んだ胚移植が、あっさり失敗に終わりまして🫠

前回は妊娠までいけたし、今回移植する受精卵のグレードも「4AB」とそれなりに高く

最後に移植した受精卵

子宮内フローラを高めるラクトフェリンのサプリも、葉酸サプリもビタミンDも毎日飲んで、黄体ホルモンを補充するプロゲステロンの膣薬も1日3回やり続けたし、眉唾かもしれないけど妊活鍼治療(6万円の回数券を何度も買った)も行ったし。

「さあ、頑張れ自分!!」と意気込んで臨んだんですが。

赤丸が移植されたとこ(記念に写真もらった)

移植から1週間後、検査結果を聞きに行くと「残念ですが今回はダメでした」とあっけない終わりでした。

でもね、正直そんな気はしてたの。

というのも移植後3日くらいまでは体温も高くて、それっぽい感覚があったのに、4日目にスンッと下がった感じがあって「あ、これはダメな気がする」って。(心を乱されたくなくて基礎体温はつけてなかったけど)

いろいろあった妊活期間、10年強。
びっくりするくらい、スルッと最後を迎えてしまいました。

前回はダメだったって聞いて号泣だったけど、今回は涙も何にも出なかった。
はー…終わっちゃったかって、クリニックから出て「あーあ」って空見上げて。

その日は気持ちいいぐらいの青空で桜がキレイだった

10年の妊活、総額どのくらいだったのだろう

ここまで、一体いくらくらいかかったのかな。

最後はこの辺りのサプリと膣薬と共に生きてました

保険適用の移植、タイミング的に使えたのは結局1回だけだったので、10年分の金額をまとめるとおそらく200〜300万くらいはかかっているはず

途中まではきちんと計算していたのだけど、転院転院を繰り返していたり、メンタルがどうにもならなくなってた時期もあったので、結果的に分からなくなってしまった。

1回の移植に、薬やら何やかんやで15万前後かかる

もちろん、もっとかけている方々がたくさんいるものだと思うので金額では測れないのだけど。

ただ、いろいろとキツかった時間と引き換えに、何も残せなかった虚無感みたいなのは残ります。

「子どもがほしい」から「意固地」になっていた

ただ、終わってみて思うことがあって。

自分をねぎらうわけじゃないけど、今思うと妊活の後半は少し意固地になっていたところがあったような気がする。

妊活を始めた頃は、確かに子どもがほしかった。(ええ、そりゃあもう)

妊活する人がよく言う、ショッピングモールで子どもを見るたびに羨ましさが募り、ニュースで子どもが親に虐待を受けた話を見ては、なぜ子どもは選んで生まれてこないのかと悲しくなり…みたいなのに、何度も向き合った。

友人の妊娠や出産を素直に喜べないのもあったし。

その闇にまんまと私も呑まれ、黒い自分と戦ってたなぁと。

でも諦めたら、その感情からやっと抜け出せる。
そう思ったらなんか、心がスッと楽になった。
あぁ、やっと終わった。

やめて気づいた、自分の今のステージ

あと妊活から10年経って思うんだけど、乳がん治療を経て、今の自分にはもう子育てに力を注ぐパワーがない気がするんですよ、情けないことに😢

弱音とか、言い訳とか言われたらそれまでなんだけど。

なんせここから先、またイチから体外受精をはじめるとなると、再発リスクが上がる。
その不安を抱えながら高額な自費治療を続け、結果もし授かったとして、それは本当に私にとっての幸せなのか…?

今の私と同じように、乳がん術後にホルモン治療を中断し、子どもを授かった芸人 だいたひかるさんのお話に勇気をもらいながら、頑張りたいって思っていたけど、これ以上は怖くて進めないと思ってしまった。

実家を片付けてたら幼少期の写真が出てきた 笑 私もこんな子どもを育ててみたかったぜ!

というのも、前回妊娠が分かったとき思ったのが「嬉しい」より「大丈夫か?」という不安のほうが断然大きくて

「念願の子どもを授かったら、きっとハッピーに違いない!」なんてお花畑なことを思っていたけど、実際は妊娠でホルモン値が上がることでの再発リスクの不安、着床後になかなか成長しない卵への不安、自分が高齢なことで元気な子が育つのかと言う不安…とエンドレス不安だった。

おいおい、どんだけ心配性なんよ!って感じなんだけどさ。
あぁ、そういえば私に似ていた祖母も極度の心配性だったなぁ。遺伝かな?笑

なんて話がダラダラしちゃったけど、そう考えると自分はもう妊娠や出産を楽しめるステージにはいないのかもしれないなって思ったんです。

私の妊活マラソン、時間かかりすぎて沿道に誰もいない説

あとは、一番子どもを望んでた私の母が「孫よりも何より、さとみが長生きしてくれたらそれでいい」って言ってくれたのが大きいかもしれない。

子どもはもちろん欲しかったけど、両親に喜んで欲しかったと言うのも強かったので。
もう期待を背負わないでいいんだなって思ったら、肩の荷が降りた。

ちなみに、この話を会社の社長(女性)に話したところ「あんたが妊活始めたころは、周りに応援する人もたくさんいたと思うけどマラソンが長すぎて、今はもう沿道に誰もいないってことかもね」って言ってて。

なるほど、確かに!
期待背負って頑張んなきゃ!なんて思ってたけど、ずいぶん時間かかりすぎたよね、ごめんごめんっていうね。

そう思ったら、不思議と少し気持ちが軽くなって。
「あーやっと終わった!長い間お疲れ、自分」と思えたんです、本当。

悔しい気持ちはあるけど。
ここまで頑張ったから、形にしたかったけど。

でも、無理はしない。

出産と子育ては、来世に任せよう。
今世は自分のために長生きしよう。

妊活と乳がん治療で悩む方へ私が思うこと

このブログにきた方で、もし同じ悩みを抱えている方がいらっしゃったら…

妊活を続けるか、子どもを諦めて乳がん再発治療を選ぶか、何度も何度も悩むと思います。
私も今回選んだ道が正解なのか、今もまだぐるぐるしています。

でも、妊活マラソンって結果が出るまでエンドレスで、ずっと自分を苦しめてしまうものでもあるので、自分の中での「最終ゴール」と「本当に自分が幸せなのは何か」を先に決めておくと少し気持ちが楽かもしれません

もちろん夫婦間の話なので、夫との話し合いも大事だと思いますが。

ただひとつ言えるのは「無理なく生きれる自分」が保てることを優先してもらえたらと思います。

「乳がん」という節目は、これまでの自分の生き方を続けると「身体を壊すよ」っていう何らかのシグナルだと思うので。。



というわけで、vol.20と長くなりましたが以上で妊活ブログは終了です。

なんやかんやでもう、45歳。
よし!これからの人生、笑いながら楽しく無理なく、好きなことしながら生きていこう!!

乳がん記録をまとめて見る場合は↓から

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紗巴美ネイリストライター
ネイリスト・ライターとして活動。現場での経験をもとに、ネイリスト目線の情報を発信。
JNECネイル検定1級、パラジェル、ベラフォーマジェル各ディプロマ取得。
2022年に乳がんの診断を受け、部分摘出手術を経験。現在45歳。
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